第三春美鮨 (だいさんはるみすし)。鮨好きならばその名を知らない人はいないでしょう。

「江戸前鮨 仕入覚え書き」と言えば、一家に一冊の聖書みたいなものです。

大将、長山一夫氏の鮨に対する情熱が結実したこの書籍は、鮨界において随一の名著と言っても過言ではありません。そのタイトルの通り、仕入れのための知識、すなわち旬や産地、目利きのコツなどが網羅されている鮨屋のための参考書とも言えます。プロ仕様の本ではありますが、ぼくらのような鮨ファンが読んでもとても興味深い一冊でもあります。

近年の地球温暖化などの異常気象により獲れる魚も大分変ってきていると聞きます。そうした中でこの書籍は、歴史資料としての貴重な価値も有しているとぼくは思っています。そういう意味でも本書は文字通りの不朽の名作なのです。

さて、冒頭の写真は、長山一夫氏の第三晴美鮨の店内に貼られていたメニュー表です。
ネタの名前、産地、調理法、熟成期間などが丁寧に記されます。
これは、その日の仕入れによって変わるネタを毎日手書きで長山氏が書きあげているそうです。

ぼくはそのメニュー表をいただいて、額装して家に飾っています。

墨と半紙に向かい、開店前にそれを書き上げる長山氏を想像するにつけ、それはまるで祈りのような儀式ではないかと思っています。

仕事に真正面から向き合うこと。それを続けること。その尊さ、厳しさ、優しさ、激しさのようなあらゆる感情をないまぜにしたようなものが、これを見るたびぼくの心にも押し寄せてきます。

その感動は、現代アートから来るそれそのものでないかと思っています。
現代に生きる我々にとって、今までに知りえなかったこの世界の見方を提示してくれる、気づきをあたえてくれる。その作品を見る前と後で自分の見ている世界が変わってしまう。このメニュー表は、まさにそんな現代アート作品ではないかと思うのです。