代々木上原の名店、「とんかつ武信」のロースかつです。

年齢的に油ものがなかなか厳しくなってきました。でも、数か月に一度、無性に分厚いとんかつを貪り食いたい衝動に駆られます。それは理性を超えた人間の根源的部分からくる欲望です。人智を超えた魅力がとんかつにはあるのです。

ここ「とんかつ武信」さんでは、銘柄豚である「林SPF豚」を使用しています。SPFとは、特定の(specific)病原体(pathogen)を持たない(free)豚のことだそうです。豚は本来生まれるときに、母親の産道で病原体を持って生まれてしまうそうです。SPF豚は、帝王切開で仔豚を取り出すことで病原体がいない状態で生まれ育つことができるのだそうです。林SPF豚はこのSPF豚の曾孫の豚にあたります。生まれながらに良家の健康優良児なので、ストレスなくすくすく育ちます。余計な抗生物質や不自然に太らすための合成飼料を与える必要がないので、とても安全でおいしい肉になります。肉の柔らかさ、脂の甘さ、軽さが特徴です。

とんかつ武信さんのロースかつは、衣はしっかりとしたパン粉がカリサクっと揚げられ、中の肉はうっすらピンクに濡れ輝いています。口に入れた瞬間に豚の脂の香りが口いっぱいに広がり、衣の香ばしさとともに肉のやわらかさが見事なハーモニーを奏でます。食感のコントラストがとにかく印象的です。肉を入念に叩いてるからなのか、林SPF豚の本来の食感なのか、たぶんどちらもだと思うのですが、とにかく肉がやわらかい。そして美味い。

とんかつを食べるという行為はある種背徳的でもあります。あれだけの脂質と糖質の衣をまとった料理が他にありましょうか?
それに加えて、このSPF豚。本来は不浄な状態で生まれてくるものを、人工的に無理矢理に清浄な状態で誕生させられたものです。超自然的であり、神への挑戦ともとれる宗教的なテーゼを持って生まれてきたのです。
このSPF豚のロースかつを食するということは、栄養学的にも宗教学的にも究極に背徳的な行為であり、だからこそ官能的でもあるのです。